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トマトを買いに出かけて、なんとなく立ち寄った魚屋さんで、あんまりいいブリがあったので買う。照り焼きもいいけれど、こっくりと煮物もいいなあと思って大根を買って帰る。 帰ってきて思う。僕はブリを買うつもりじゃなかったんだ。
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先日、お客をしたときに余った食材がある。

それはだし巻きたまごに添えた大根おろしに使った大根であり、鶏つくねの中に刻んで入れた蓮根であり、鶏つくねと一緒に炊き込んだ牛蒡であり、また別の機会に鍋をした際の白菜であり葱であった。

他の家のことは知らないが、僕の家にはだいたいいつもじゃがいもとたまねぎは数個ずつごろごろしている。いつでも使えるように常備してあるのだ。

さて、以上の食材をどうしようかとなんとなく考えていた。


豚肉とにんじんを買ってきて、豚汁にしたらどうだろうと思ったのだ。

この思いつきは素晴らしかった。所在無くふわふわと浮かんでいる牛蒡や大根や葱がピタリと一本の線に繫がった感じがあったし、まるでパズルを解いたときのような快感が湧き出て僕を上気させた。そして寒くなってきた陽気とも相まってその味わいもまた格別であった。

そんなことがあったからかもしれない。翌日洗濯物を干して小春日和の日なたにいるときにふと、ああなんと幸せなことかと感じたのだ。別に贅沢をしているわけではない。でも、こうして日々食事をおいしく摂り、気持ちのいい日なたに洗濯物を干している、この日常の瑣末事がなんと嬉しいことか、などと思った。

そこで、こういうことをブログに書こうと思って、机に一枚のメモを残しておいた。




『日常の瑣事は決して矮小なものではなく、』

と書いてある。

いや、まったく。ごもっともである。
なにも贅沢や特別なことをするわけではない。でも日々を愉しく過ごしていくことはできる、それどころかややもすると退屈なものとして卑下してしまいがちな日常の瑣末事の中にこそ幸せが潜んでいるのだ、みたいなことを言いたかったのであった。


しかし。ああ、人間というものは勝手なものだ。


こういう思いを抱きながら買い物に出たのに、贅沢なものに目が奪われてしまった。


くわい。

 
しかも『新物』のシールが貼ってある。



海老芋。



これにも新物シール。

このふたつを見かけて、今度は贅沢なほうのスイッチに僕は繫がってしまった。



くわい。

この名前を聞くと、どうしても思い出すのは水上勉の『焼いたくわい』である。

『くわいを焼くのは、この頃からぼくのレパートリーだった。のちに、還俗して、八百屋の店頭に、くわいが山もりされ、都会人には敬遠されるとみえ、ひからびているのを見ると涙が出たが、一般には煮ころがしか、あるいは炊きあわせにしかされないこれを、ぼくは、よく洗って、七輪にもち焼き網をおいて焼いたのだった。まるごと焼くのだ。ついさっきまで土の中にいたから、ぷーんとくわい独特のにがみのある匂いが、ぷしゅっと筋が入った亀裂から、湯気とともにただようまで、気ながに焼くのだ。この場合、あんまり、ころころところがしたりしてはならない。焼くのだから、じっくりと焼かねばならぬ。あぶるのではない。もちろん、皮なんぞはむいてない。したがって焼けたところは狐いろにこげてきて、しだいに黒色化してくる。この頃あいを見て、ころがす。すると、焼けた皮がこんがりと、ある部分は青みがかった黄ろい肉肌を出し、栗のように見える。ぼくは、この焼きあがったくわいを大きな場合は、包丁で二つに切って皿にのせて出した。小さな場合はまるごと二つ。わきに塩を手もりしておく。』

















『土を喰ふ日々』/水上勉 
(1978, 文化出版局) 



何度も手にとって読み返す、『土を喰ふ日々』。くわいを見たらこれをやらないわけにはいかないのである。

さらに海老芋も同様に焼いて、塩をつけて食べようと思ったのだ。


笊に乗った風景がまた、いい感じである。


残念ながら七輪を持っていないので、一度蒸してから網で焼くことにした。


よく洗って、蒸し器へ。


皮が黒色化するまで焼く。



焼いたくわいと海老芋。

これを手で剥きながら、塩をつけていただく。



さてこういう場合、おしぼりは欠かせない。

焼いたくわいは、独特の苦味を残しつつ、栗のように甘い。そして芋のようにほくほくである。そして香ばしい。

枝豆のときにも思ったのだが、野菜は焼くと甘みが強くなるのだ。


『土を喰ふ日々』からさらに引用する。
『ここで気づくのだが、いまのテレビ番組の料理など、めったに見ないものの、時に目に入って驚くことだが、くわいなども包丁でむかれる。しかも、そのむき方は、子供の綿入れ羽織、着ものまるごとはぎとるみたいで、身はほんの小さなものになる。これが上品らしい。もちろん、炊きあわせ用なのだろうが、見た目は芋だか何だかわかりゃしない。しかも、くわいでもっとも、にがみもあって、甘味のある皮にちかいあたりが捨てられるとあっては、もったいないのだ。また、くわいの皮ほどうすいものはないのである。』


もう、この日はくわいと海老芋で贅沢スイッチが入っているので、なにやらいろいろ買い込んでしまったのである。


刺身。

左から、中トロ、かんぱち、イカ、奥があいなめである。
あいなめがおいしかった。



冷やっこ。

なんかもう、飲む気まんまんですな。




これは前にも紹介したことがある、ちくわとちくわぶの煮物。今回は厚揚げも一緒に煮てある。前日の残りものなので、しっかり染みている。



まずはヱビス。


 
そしてお酒へ。


これ。

神亀の純米酒『上槽中汲』という。

神亀酒造の説明にはこうある。
『酒槽より圧力を全く掛けずに、自然に流れ出る清酒の、中汲み部分だけ
を丁寧に、即座に瓶詰めした生酒です。濾過、火入れをしていない搾った
状態その物の清酒です、 薄く「おり」を含み酵母も生きています。』

実は最近の大のお気に入りである。濾過も火入れも一切していない、それどころか圧力もかけていない。酵母が生きているから、店頭でも冷蔵状態で売られている。もちろん家でも買ってきたらすぐに冷蔵庫で保管している。

さわやかな香り、複雑な旨み。厭味のない素晴らしいお酒だと思う。
うっすらと濁りがあるのもまたよくて、ぐい呑みに入れたときに底がほんのり霞んで見えるのが実にいい景色なのである。

ただ、生原酒なので18度くらいある。注意が必要である。



ああ、結局こうしてまた贅沢な夜を過ごしてしまった。

でもやっぱりいいよね、とか思う。



つい数時間前まで、『日常の瑣事は決して矮小なものではなく、』の気持ちでいた自分に、おいおい随分奢ってるじゃねえかとどこかから声が聞こえてくるような気がして、気恥ずかしさと外の寒さにちょっと首をすくめてみる。


そろそろ冬も本番である。 


















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いつも読ませていただいております
はじめてコメントいたします。ドキドキです…
いつもいつもセキヤさんのブログを愛読させていただいている者です。
過去の記事もふとした時に見て、「おいしそうだなあ」とか「すごいなあ」とか思わせていただいているのですが、
今日またふと「ブリ買う見に行こう」と思い立ったところで新しい記事が更新されていて、それも日付が今日だったので、思わずコメントしてしまいました。

毎度のとってもおいしそうな写真に見惚れ、素敵な文章に感心致しております。
これからも定期的に過去のも含め、眺めさせていただきます^^
もう師走になりましたが、お体に気を付けてください。いちファンよりでした。
すー 2014/12/01(Mon) 編集
Re:いつも読ませていただいております
すーさん、はじめまして。セキヤです。

たまたま思い立ったときに更新のタイミングとはすごいですね!このブログの更新はちょっとしたニュースですからね(笑)。返信が遅くなったりしますが、コメントをいただくと僕はとてもうれしいですから、ドキドキされずに気軽にコメントを下さい。

しかし今年の冬は寒いですねえ!師走というよりもう2月みたいな寒さです。僕は寒いくらいのほうが心地よいので構わないわけですけども。
そういえば、今週ちょっと風邪気味だったのですが、はね返しました。なんかここ数年、前よりも丈夫になったような気がします。
不定期で稀な更新、というペースは変わらないと思いますが気長にお付き合いいただけたらと思います。
コメント、ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!

 【2014/12/15】
無題
ふとブログ見たら、更新されていて嬉しいです。
やなことや、泣きたいことも多いけど、小ちゃな幸せ感じるから、またどこかに出かけていけるんだなあ、と最近は切に思います。
あのちくわぶも幸せだったなあ。ちくわぶLOVE、笑。
aiko 2014/12/01(Mon) 編集
Re:無題
aikoさん、こんばんは。

ちくわぶはおいしいですね。前回ちくわぶ食べてから1年くらい経ちますかねえ。
嫌なこともたしかにありますが、まあモノは捉えようかなとか思います。日々、食べることができていることって、あたりまえすぎて忘れてしまいがちですが、実は結構幸せなことだよなあ、とか殊勝なことを考えます。

コメント、ありがとうございます!
 【2014/12/15】
素敵な文章でした
こんにちは。今日の記事はまた格別に名文でした。楽しませて戴きました。

村上春樹の言う「小確幸」が私も何より有り難いと思います。小さくとも確かな幸せは、丁寧に生きる日常にこそ在るんですよね。

昔は穴開きのターナーがなかなか見つけられず、自分で透かし彫りした事があります。宝物です。今では素材も形も大きさもバラエティ豊かに揃っていて嬉しいですよね。オリーブの木の者は、私もターナーとしゃもじ、ボウル、まな板を何個か愛用していますが、木製品はちょっとお手入れの手間こそ必要ですが、やっぱり味わいがあって良いですね。

お絞りも手作りですか?
大王さま 2014/12/04(Thu) 編集
Re:素敵な文章でした
大王さまさん、こんばんは。セキヤです。

ありがとうございます。名文とのお褒めの言葉、うれしいです。
さて、小確幸、僕も大好きな言葉です。村上春樹がいくつか挙げていましたね。朝一番の誰も入っていないプールで、水面に足を…みたいなのが印象に残っています。
今、ふと思ったのですが、中学のときに古文で習った枕草子の『春はあけぼの』なんかも、小確幸の羅列みたいなものですね。いつの時代も同じようなことを考えていたのだなあとか思いました。

ターナーを自分で透かし彫りってすごいですね!なんかおいそれと使えないような気がします。オリーブの木のものは木肌がしっとりしていて、比重が重い感じがいいです。あんまり軽くて頼りない感じよりも、ちょっと持ち重りがするくらいのほうが好きなんです。

おしぼりはぜんぜん手作りじゃないです!『私の部屋』で買ってきた小さいサイズの手ぬぐいです。

コメント、ありがとうございます!
 【2014/12/15】
はじめまして。
こんばんは。いつも楽しく拝見しています。
今度更新された時にコメントしてみようかしら。。などとここ最近逡巡しておりました。思い切って、初コメントです。

焼いたくわい、海老芋、美味しそうですね。滋味豊かで素朴な感じが心魅かれます。引用された文章を読んで、ますます食べてみたくなりました。
煮物も良い頃合いで…。私はおでんの具ではちくわぶが一番好きなのです。

セキヤさんはいつも素敵な料理をされていますが、どこかで勉強されたのでしょうか?器や写真もとても良い雰囲気です。
ブログ、これからも楽しみにしています。
また遊びに来ます。
ゆう URL 2014/12/05(Fri) 編集
Re:はじめまして。
ゆうさん、はじめまして。セキヤです。

僕もです!おでんの具の中では、僕もちくわぶが一番好きなのです!もう、溶け出す寸前くらいの、ぶよっとしたやつでさえ、僕は愛することができます。関西出身の人だとちくわぶなんて聞いたことなかったみたいな人も多いです。実際、うどん粉(ちくわぶにはこの表現がしっくりくる気がします)捏ねただけの、はっきり言って鈍くさい食べもの。でもあの鈍くささがたまらなく愛すべき食べものなんです。

僕は料理を勉強したとか習った、ということはありません。ただ食べたいものを作ってきただけ、です。ただ、どこかでおいしいものを食べたりテレビで見たりしてこれなら作れるかなと思って試してみるとかの繰り返しでしょうか。そういう意味では日々勉強といえるかもしれません(言えないか)。器に関しては病気です。

コメント、ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!
 【2014/12/15】
無題
うおーーー話したいことたくさんあるのに
コメントはまた今度!

今週末は西荻の友人宅で忘年会。神亀三ツ矢酒店でゲットなるか。芋網焼き、参考にさせていただきます^^
nao 2014/12/17(Wed) 編集
Re:無題
naoさん、こんばんは。

あはは。なんだか忙しそうですねえ。今週末の忘年会で神亀を楽しまれることを蔭ながら祈っております。またお時間のあるときにゆっくりとコメントをくださいな。

コメント、ありがとうございます!
 【2014/12/18】
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セキヤ
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1977/05/04
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