トマトを買いに出かけて、なんとなく立ち寄った魚屋さんで、あんまりいいブリがあったので買う。照り焼きもいいけれど、こっくりと煮物もいいなあと思って大根を買って帰る。
帰ってきて思う。僕はブリを買うつもりじゃなかったんだ。
しりとり、という遊びについて、僕はどうもひとかたならぬ興味をそそられるようである。
数年前、いとうせいこうの番組で『虎の門』というのがあった。その中に『しりとり竜王戦』という企画があって、愉しみに見ていた。
さて、先日のことだ。
帰り道、ある母娘が歩いているところを、僕が追い抜こうとする、という状況だった。女の子は10歳前後だろうか。お母さんはやや肥満気味だ。どうやら、お母さんがその贅肉を落とすために、ウォーキングをしていて、それに娘が付き合って歩いているような格好と思われた。
悲しいかな、運動のためのウォーキングなのに、僕がふつうに歩く速度のほうが速い。お母さんはふうふう言いながら歩いているのに、女の子はスキップするようにぴょんぴょん跳ねている。
そして、僕がその母娘を追い抜こうと、右斜め後2mほどに差し掛かったあたりで、ふたりの会話が聞こえてきた。初め、何か言い争いでもしているのかと思った。お母さんがうんざりしたような声で「もう、いい加減にしてよね」とか何とか言っている。
ふたりはしりとりをしていた。
なるほど、退屈なウォーキング中、気を紛らすためにしりとりをしていたのだ。しかし娘は小学3年生くらいであろう。きっとしりとりなんてつまらないのだ。
娘:「いちご」
母:「ゴリラ」
娘:「ライオン と いちご」
母:「ちょっとー。もー。ゴミばこ」
娘:「コアラ みたいな いちご」
母:「もー!」
女の子は狼藉の限りを尽くして、母を『ご』攻めにしていた。
僕は気になって、歩く速度を緩め、彼女らの右斜め後2mの距離を維持し、ふたりのやりとりに聴き入っていた。
娘の『ご』攻めは20秒足らずで終了した。飽きたのだろう。やがて通常のしりとりに戻っていった。
女の子が「ダチョウ」といったその時である。お母さんの口から聞き捨てならない単語が飛び出した。
母:「う*こ」
お分かりのことと思うが、これは排泄物(大)を意味する日本語であり、いつの世も小学生、分けても低学年の児童には格好の餌食となる単語である。
僕は、視界の左右から暗闇が迫ってくるのを感じた。目の奥のほうが圧迫されるように軽く疼き始めた。
いけない、お母さん。そんなことを言ったらその娘の狼藉に拍車がかかるだけだ。収拾がつかなくなるかもしれない。10歳(予想)の子どもにそんなことを言うのは危険極まりない行為だ。
しかし、女の子は間髪を入れずこう言った。
娘:「こだま。」
!
スルーした!
…こだま?
木霊!
山や谷で、声が反響して返ってくるあの現象。しかもそれを樹木の精霊に譬えた、美しい日本語だ。
僕は驚きを禁じ得ない。
もしかしたら、この母娘にとっては日常的なことなのかもしれない。お母さんが「う*こ」を口にするのがごくありふれたことで、娘にとっては取るに足らないことなのか。または母娘間の機微で母の「しまった」を敏感に察知した娘が、この気まずい空気を払拭するために、敢えて何事もなかったかを装うという機智に富んだ反応だったか。あるいは「その下品な言葉、そのままあなたにお返しするわ」といった含みを持たせた、回りくどい面当てか。
僕にはいずれとも判断がつかない。
軽い眩暈を覚えたところで、アパートの前に着いた。
そんな夜。冬瓜を煮た。
南の瓜と書いてかぼちゃ。西はスイカ。
しかし、冬の瓜と書くこのトウガンの旬は、夏である。
冬瓜は皮を剥き、種をスプーンで掻き取り、ざくざくと切る。
鍋にだし汁を沸かし、鶏もも肉を入れ、煮る。
冬瓜を入れ、酒を入れたら、冬瓜がやわらかくなるまで煮る。
さっぱりとした塩味にしたいので、砂糖は使わない。
冬瓜が煮えたら、塩で味をつける。
味のほとんどを塩で決め、香りづけ程度に薄口醬油を加える。
最後に、少し味醂。甘くなりすぎないように。
きれいに煮えた冬瓜は、うすい半透明の翡翠色だ。
なんときれいな色か。
あと2品。
もやしと細切りの白ネギ、豚バラ肉の炒め物。
バラ肉は炒めて取り出し、もやしとネギを炒め、酒、塩、胡椒。バラ肉を戻し、濃口醬油。最後に胡麻油をひとまわしかけて香りをつける。
お皿に盛ったら、胡椒を挽く。
そして焙ったお揚げ。
焙ったら、甘めの味噌ダレをうすく塗って、白髪ネギを乗せる。
お揚げは、ほんとうは生姜醤油にしようと思っていた。しかし、生姜の買い置きがなかったのである。そこで急遽味噌ダレに変更。
実は味噌ダレは、作り置きが常備してあるのだ。
酒を煮立て、砂糖を溶かし、そこに味噌を入れて、醬油をひとたらし。
それを煮詰める。
味噌だし、冷蔵しておけば長く持つのでこういうときに重宝するのだ。胡瓜を買ってきて、つけただけでもおいしい。
お酒は、三千盛純米。いつものお酒である。
冷やで。このメニューはお酒がすすんで困った。
しかもこの片口が大ぶりで、かるく2合は入るのだ。
冬瓜の煮物は、さっぱりとおいしくできた。もやしとネギのシャキシャキも気持ちがいい。生姜の買い置きがなかったけれど、作り置きの味噌ダレで、お揚げはいつもよりちょっとだけ豪華版になった。
味噌ダレを常備しておく周到さに、我ながらなかなかじゃないかと、ひとり悦に入る。
そうして、あとで
さみしくなって
「おいしいね」っていうと、
「おいしいね」っていう。
こだまでしょうか。
数年前、いとうせいこうの番組で『虎の門』というのがあった。その中に『しりとり竜王戦』という企画があって、愉しみに見ていた。
さて、先日のことだ。
帰り道、ある母娘が歩いているところを、僕が追い抜こうとする、という状況だった。女の子は10歳前後だろうか。お母さんはやや肥満気味だ。どうやら、お母さんがその贅肉を落とすために、ウォーキングをしていて、それに娘が付き合って歩いているような格好と思われた。
悲しいかな、運動のためのウォーキングなのに、僕がふつうに歩く速度のほうが速い。お母さんはふうふう言いながら歩いているのに、女の子はスキップするようにぴょんぴょん跳ねている。
そして、僕がその母娘を追い抜こうと、右斜め後2mほどに差し掛かったあたりで、ふたりの会話が聞こえてきた。初め、何か言い争いでもしているのかと思った。お母さんがうんざりしたような声で「もう、いい加減にしてよね」とか何とか言っている。
ふたりはしりとりをしていた。
なるほど、退屈なウォーキング中、気を紛らすためにしりとりをしていたのだ。しかし娘は小学3年生くらいであろう。きっとしりとりなんてつまらないのだ。
娘:「いちご」
母:「ゴリラ」
娘:「ライオン と いちご」
母:「ちょっとー。もー。ゴミばこ」
娘:「コアラ みたいな いちご」
母:「もー!」
女の子は狼藉の限りを尽くして、母を『ご』攻めにしていた。
僕は気になって、歩く速度を緩め、彼女らの右斜め後2mの距離を維持し、ふたりのやりとりに聴き入っていた。
娘の『ご』攻めは20秒足らずで終了した。飽きたのだろう。やがて通常のしりとりに戻っていった。
女の子が「ダチョウ」といったその時である。お母さんの口から聞き捨てならない単語が飛び出した。
母:「う*こ」
お分かりのことと思うが、これは排泄物(大)を意味する日本語であり、いつの世も小学生、分けても低学年の児童には格好の餌食となる単語である。
僕は、視界の左右から暗闇が迫ってくるのを感じた。目の奥のほうが圧迫されるように軽く疼き始めた。
いけない、お母さん。そんなことを言ったらその娘の狼藉に拍車がかかるだけだ。収拾がつかなくなるかもしれない。10歳(予想)の子どもにそんなことを言うのは危険極まりない行為だ。
しかし、女の子は間髪を入れずこう言った。
娘:「こだま。」
!
スルーした!
…こだま?
木霊!
山や谷で、声が反響して返ってくるあの現象。しかもそれを樹木の精霊に譬えた、美しい日本語だ。
僕は驚きを禁じ得ない。
もしかしたら、この母娘にとっては日常的なことなのかもしれない。お母さんが「う*こ」を口にするのがごくありふれたことで、娘にとっては取るに足らないことなのか。または母娘間の機微で母の「しまった」を敏感に察知した娘が、この気まずい空気を払拭するために、敢えて何事もなかったかを装うという機智に富んだ反応だったか。あるいは「その下品な言葉、そのままあなたにお返しするわ」といった含みを持たせた、回りくどい面当てか。
僕にはいずれとも判断がつかない。
軽い眩暈を覚えたところで、アパートの前に着いた。
そんな夜。冬瓜を煮た。
南の瓜と書いてかぼちゃ。西はスイカ。
しかし、冬の瓜と書くこのトウガンの旬は、夏である。
冬瓜は皮を剥き、種をスプーンで掻き取り、ざくざくと切る。
鍋にだし汁を沸かし、鶏もも肉を入れ、煮る。
冬瓜を入れ、酒を入れたら、冬瓜がやわらかくなるまで煮る。
さっぱりとした塩味にしたいので、砂糖は使わない。
冬瓜が煮えたら、塩で味をつける。
味のほとんどを塩で決め、香りづけ程度に薄口醬油を加える。
最後に、少し味醂。甘くなりすぎないように。
きれいに煮えた冬瓜は、うすい半透明の翡翠色だ。
なんときれいな色か。
あと2品。
もやしと細切りの白ネギ、豚バラ肉の炒め物。
バラ肉は炒めて取り出し、もやしとネギを炒め、酒、塩、胡椒。バラ肉を戻し、濃口醬油。最後に胡麻油をひとまわしかけて香りをつける。
お皿に盛ったら、胡椒を挽く。
そして焙ったお揚げ。
焙ったら、甘めの味噌ダレをうすく塗って、白髪ネギを乗せる。
お揚げは、ほんとうは生姜醤油にしようと思っていた。しかし、生姜の買い置きがなかったのである。そこで急遽味噌ダレに変更。
実は味噌ダレは、作り置きが常備してあるのだ。
酒を煮立て、砂糖を溶かし、そこに味噌を入れて、醬油をひとたらし。
それを煮詰める。
味噌だし、冷蔵しておけば長く持つのでこういうときに重宝するのだ。胡瓜を買ってきて、つけただけでもおいしい。
お酒は、三千盛純米。いつものお酒である。
冷やで。このメニューはお酒がすすんで困った。
しかもこの片口が大ぶりで、かるく2合は入るのだ。
冬瓜の煮物は、さっぱりとおいしくできた。もやしとネギのシャキシャキも気持ちがいい。生姜の買い置きがなかったけれど、作り置きの味噌ダレで、お揚げはいつもよりちょっとだけ豪華版になった。
味噌ダレを常備しておく周到さに、我ながらなかなかじゃないかと、ひとり悦に入る。
そうして、あとで
さみしくなって
「おいしいね」っていうと、
「おいしいね」っていう。
こだまでしょうか。
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無題
「こだま」は、ACのCMと、児玉清さんが重なって、幼心に染み付いたのではないでしょうか…?
その(「大」からの)コンボは、その年齢で、なかなか難しいと、思います^^
炙り揚げの乗ってるお皿、良いですねぇ^^
しかし相変わらず美味しそう^^いいえ誰でも^^
その(「大」からの)コンボは、その年齢で、なかなか難しいと、思います^^
炙り揚げの乗ってるお皿、良いですねぇ^^
しかし相変わらず美味しそう^^いいえ誰でも^^
Re:無題
7さん、おはようございます。
そういえば、児玉清さん亡くなりましたね。好きでした。
さて、お揚げを乗せた角皿は『私の部屋』で購入した色絵のお皿もので、たしか石川県の作家さんのものと聞きました。このシリーズはとっても気に入っていて、6寸の丸皿は取り皿として毎回食卓に上る、今や欠かせないレギュラー陣です。
ところで、ACのCMですが、大量オンエアで批判も浴びたようですが、僕は大好きでした。『ぽぽぽぽーん』も好きでした。
最近はあまり見られないので、ちょっと寂しいですね。
コメント、ありがとうございます!
そういえば、児玉清さん亡くなりましたね。好きでした。
さて、お揚げを乗せた角皿は『私の部屋』で購入した色絵のお皿もので、たしか石川県の作家さんのものと聞きました。このシリーズはとっても気に入っていて、6寸の丸皿は取り皿として毎回食卓に上る、今や欠かせないレギュラー陣です。
ところで、ACのCMですが、大量オンエアで批判も浴びたようですが、僕は大好きでした。『ぽぽぽぽーん』も好きでした。
最近はあまり見られないので、ちょっと寂しいですね。
コメント、ありがとうございます!
無題
『うんこと聞いて笑った人、子供です。大人はうんこと聞いても我慢します。』
野田秀樹さんの『農業少女』というお芝居を世田谷パブリックシアターで観た時、初っ端松尾スズキさんが言ったセリフ。
お母さんの言った言葉をスルーした女の子はある意味もう大人なのかもしれませんね。
今週末西荻で茶散歩というイベントをやっているようですね。セキヤさんがよく行かれるという器屋さん(魯山)に興味があるのでこれに乗じて行ってみようかと思います。
野田秀樹さんの『農業少女』というお芝居を世田谷パブリックシアターで観た時、初っ端松尾スズキさんが言ったセリフ。
お母さんの言った言葉をスルーした女の子はある意味もう大人なのかもしれませんね。
今週末西荻で茶散歩というイベントをやっているようですね。セキヤさんがよく行かれるという器屋さん(魯山)に興味があるのでこれに乗じて行ってみようかと思います。
Re:無題
naoさん、おはようございます。
僕は、そういう意味では大人になれない気がしてきました。おそらくあの場面で(3人しかいないですが)一番動揺していたのは、あきらかに僕です。
さて、魯山ですが。ぜひ行ってみてください。個展をやっているときもいいですが、通常時は作家さんのものと古いものと半々くらいで扱っていて面白いですよ。
コメント、ありがとうございます!
僕は、そういう意味では大人になれない気がしてきました。おそらくあの場面で(3人しかいないですが)一番動揺していたのは、あきらかに僕です。
さて、魯山ですが。ぜひ行ってみてください。個展をやっているときもいいですが、通常時は作家さんのものと古いものと半々くらいで扱っていて面白いですよ。
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HN:
セキヤ
年齢:
47
性別:
男性
誕生日:
1977/05/04
職業:
会社員
趣味:
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自己紹介:
憂いのAB型
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